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zoom RSS 最期の日へと向かって・・・・・

<<   作成日時 : 2010/01/24 20:34   >>

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普通、人は死を正の対極として見なし、恐れ、忌み嫌っている。
そして普段の生活の中でも、意識的か無意識かに関わらず、死なないように行動していると思う。

昔読んだ村上春樹の小説の中に
「死は生の対極としてではなく、その一部として存在する」
という一文があった。
言われてみれば確かにその通りである。人は誰も人生の終わりとして、また生物としての寿命として、死を迎える。それが何時、どのようにして訪れるかは見当がつかないが・・・・
でも当時(十代後半?)からこの歳に至るまで、その言葉を受け入れられなかった。理論としては理解できても、気持ちとしては認めたくなかったのだろう。

でも先週のある日、私は「死は生の対極としてではなく、その一部として存在する」ことを受け入れた。
コインの表と裏のように、生と死は表裏一体であると認識した。
誰しも、何れもが何時かは終わりを迎える。長い、とてつもなく長い時間でみれば、地球も、太陽も、銀河系も何時かは終わりを向かえ消え去るのだろう。

そんな風に思ったのは、何時ものように混んだ通勤電車の窓から立体交差する道路を見下ろした時だった。
なんでそんな時に、生死が表裏一体であると認めたのか、そして普段は考えもしない地球や太陽や銀河系の寿命の事まで考えたのか・・・・・・・解らない。人として授かった70〜80年という時間のうち、その半分を使ってしまったからだろうか。

そして、それを認めたからと言って何かが変わる訳ではない。
私は何か啓示を受けて、それで奮起して行動したり生き方を変えられる人間ではない。残りの人生も、やりたいこと、やれること、やるべきことを成して、淡々と生きて行くだけだ。
そして人生の終わりを迎えるときに「思い返してみれば、悪くない人生だったな」と思えれば上出来だろう。

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